中世の城と武士の博物館
埼玉県立 嵐山史跡の博物館

鎌倉時代の武蔵武士・畠山重忠が居住していたといわれる国指定史跡・菅谷館跡の中にある博物館です。

 
畠山重忠公像写真
畠山重忠公像
昭和4年(1929)に造られた竹筋コンクリート製の像です。平成23年度に嵐山町の文化財に指定されました。菅谷館跡のニノ郭にある土塁の上に建っています。
 

埼玉県立嵐山史跡の博物館

〒355-0221
埼玉県比企郡嵐山町菅谷757
Tel:0493-62-5896(代表)
Fax:0493-61-1060
e-mail:s625896@pref.saitama.lg.jp
アクセス
 
1815358
2010年7月23日~

スポット展示

常設展の一部スペースについてテーマを設けて展示替えをしています。
展示は数ヶ月ごとに変わります。
 

中世のものづくり3  陶磁器―色を操る―

平成31年2月22日(金)~10月20日(日)      English  /  한국어 / 简体中文 / 繁体中文
 焼きものの材料に恵まれた日本列島では、すでに16,000年前頃に土器が焼かれていました。その後の中国や朝鮮半島との交流により、古墳時代には、還元焼成の焼締めの器「須恵器」を生み出しました。奈良時代には灰釉陶器や低温の鉛釉の三彩の生産がはじまり、焼きものは釉薬を用いた華やかな色の時代に辿り着いきます。灰釉陶器は、その後、主に瀬戸・美濃地方で生産され、陶器の中心を占めていきました。

 1314世紀になると、中国から鉄釉の技術が伝わり、戦国時代には、茶の湯とともに茶陶の文化が花開きました。瀬戸・美濃地域では鉄を発色剤に薄黄色い黄瀬戸、オリーブ色の灰釉、褐色や黒の鉄釉の陶器が作られ、豊臣秀吉が政権をとった桃山時代になると、独創的な造形と黒・赤・白・緑を大胆に用いた「楽」「志野」「織部」などの桃山陶が生み出されました。革命ともいわれる桃山陶だが、自然の材料を用いた伝統的な技術で、調和的で奥深い日本の焼きものの特徴を備えています。

 このコーナーでは、自然の材料から様々な色を生み出す、中世の焼きものの技術を紹介します。

 
    


 

 

中世のものづくり2  板碑の製作

平成30年2月23日(金)~10月21日(日) 終了しました
板碑石材の採掘遺跡などからの出土資料をとおして、板碑の製作工程を紹介します。
   

 

中世のものづくり1 中世の鋳物師

平成29年2月24日(金)~8月20日(日) 中世のものづくり終了しました
発掘調査によって発見された鋳物師の遺跡を紹介しています。
紹介する遺跡は、金平遺跡(嵐山町)、深沢遺跡(嵐山町)、金井遺跡B区(坂戸市)です。いずれも仏具や生活用品などを鋳造していた、大変興味深い遺跡です。