埼玉県立嵐山史跡の博物館
 鎌倉時代の武蔵武士・畠山重忠が居住していたといわれる国指定史跡・菅谷館跡のなかにある博物館です。
 
畠山重忠像
 畠山重忠公
昭和4年(1929)に造られた竹筋コンクリート製の像です。平成23年度に嵐山町の文化財に指定されました。
菅谷館跡の二ノ郭にある土塁の上に建っています。
 
埼玉県立嵐山史跡の博物館
〒355-0221
埼玉県比企郡嵐山町菅谷757
Tel:0493-62-5896(代表)
Fax:0493-61-1060
e-mail:
 
1673378
2010年7月23日~

映像による博物館周辺文化財の紹介

   

 

ビデオブース

 当館の立地する『比企歴史の丘』を探訪する際のモデルコースを紹介しています。(1)「鎌倉街道を歩く」、(2)「松山宿から菅谷宿へ」、(3)「吉見丘陵を行く」、(4)「川島を歩く」、(5)「和紙の里を訪ねる」、(6)「明覚から堂平へ」、(7)「玉川往還を歩く」と題した7コースがあります。
 ご希望のコースのボタンを押して選択ください。地域の歴史的景観と各コースに点在する見どころを、映像と音声により知ることができます(3ブースで同時に別メニューをみることが可能です)
 なお、展示室受付では、「改訂 歩いて廻る『比企の中世・再発見』(改訂第2版)」(税込み400円)を販売しています。
ビデオコーナー


 

ビデオシアター(24席+補助席6席)

 文化庁の国庫補助金の交付を得て作成した1)「鎌倉古道をゆく ~新たなる発見の旅~」、同助成事業の一環として作成した(2)「埼玉の戦国城館跡 比企城館跡群を中心に」などを随時放映しています。鎌倉街道上道(かみつみち)沿いの文化財や史跡、中世の城館跡を訪ねる際のガイドとして、ご活用ください。

(1)「鎌倉古道をゆく ~新たなる発見の旅~」(上映時間:25分)
 《内容:あらすじ》
 夏休みのある日、児玉郡神川町(かみかわまち)に住む主人公「安保(あぼ)君」は、夏休みの宿題の自由研究ができずに困っていました。物知りなお爺さんから、先祖の歴史の話を聞き、一緒に鎌倉街道をたどる歴史の旅へ出発することになりました。
 そこで、主人公は、鎌倉街道上道周辺の史跡や文化遺産と出会います。また、比企郡嵐山町(らんざんまち)にある菅谷館跡(すがややかたあと)を見学した後、夢の中で約650年前の昔にタイムスリップしてしまいます。所沢市にある小手指ヶ原(こてさしがはら)の近くで、夢からさめて再び現実の世界へ戻ります。そこからさらに街道を南下し、街道の起点である鎌倉まで進みます。
 鎌倉街道を散策しながら、主人公は、新しい発見や不思議な体験を通して、古道の歴史的な価値を学びます。やがて、主人公の心に故郷への思いが育っていくのでした。

 《鎌倉街道上道について》
 「鎌倉街道」は、私たちの身近にありながら、忘れ去られようとしている中世の道です。鎌倉街道という名称は、江戸時代に幕府が編さんした「新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)」や村絵図などに記載されています。鎌倉時代の歴史書には、「奥大道(おくだいどう)」、「下道(しもつみち)」、「上道(かみつみち)」、「武藏路(むさしみち)」などと記されています。
 埼玉県内を通る鎌倉街道は、上道、中道などの幹線のほかに、脇道や枝道が数多くありました。埼玉県の西部を南北に貫く鎌倉街道上道は、首都の鎌倉と上野(こうずけ)国(現在の群馬県)・信濃(しなの)国(現在の長野県)を結ぶ主要な交通路でした。多くの武士や旅人が往来し、政治的・軍事的な機能と、経済及び文化活動の動脈として重要な役割を果たした「いにしえ
」の道です。


(2)「埼玉の戦国城館跡 比企城館跡群を中心に」
 (上映時間:26分)
 《内容》
 埼玉県内には、関東の戦国動乱の中で築かれた城館跡が数多く残されています。このDVDでは、国指定史跡 比企城館跡群[菅谷館跡(嵐山町)、杉山城跡(嵐山町)、小倉城跡(ときがわ町)、松山城跡(吉見町)]、国指定史跡 鉢形城跡(寄居町)、県指定史跡 河越城跡、上戸陣跡(以上、川越市)など、県内でも特に保存状態の良好な城郭を取り上げ、考古学の成果を交えながら、城郭構造の特徴を紹介します。

 《比企城館跡群について》
 比企地域には、現在69箇所の城館跡が確認されており、その多くが15世紀後半から16世紀にかけて築かれました。
 このうち、菅谷館跡、杉山城跡、小倉城跡、松山城跡の4城館跡は、保存状態が良好なうえに、北武蔵の戦国時代の様子を伝える史跡として高く評価されています。昭和48年(1973)5月に菅谷館跡は国指定史跡となり、平成20年(2008)3月には、杉山城跡、小倉城跡、松山城跡が、菅谷館跡とともに「比企城館跡群」として国指定史跡になりました。