畠山重忠像
 畠山重忠公
昭和4年(1929)に造られた竹筋コンクリート製の像です。平成23年度に嵐山町の文化財に指定されました。
菅谷館跡の二ノ郭にある土塁の上に建っています。
 
埼玉県立嵐山史跡の博物館
〒355-0221
埼玉県比企郡嵐山町菅谷757
Tel:0493-62-5896(代表)
Fax:0493-61-1060
e-mail:
 
1645483
2010年7月23日~

研究紀要(歴史資料館時代)

埼玉県立歴史資料館『研究紀要』総目録
         第1号(1979年3月) 
 石岡憲雄・高橋一夫・梅沢太久夫埼玉における古代窯業の発達(1)
 三辻利一・高橋一夫埼玉県内窯跡出土須恵器の胎土分析とミカド遺跡出土土器の産地推定
 矢作尚也・栃原嗣雄地方人形芝居の一形態 -大仏人形芝居-
 矢作尚也・栃原嗣雄丘陵地域における伝統の手仕事(その1)-滑川村月輪の枇木つくり-
 諸岡 勝・小野義信・小池信一板石塔婆調査カードの作製
 金井塚良一比企地方の前方後円墳 -北武蔵の前方後円墳の研究(1)
 小池信一埼玉の大型板石塔婆
第2号(1980年3月) 
 浅野晴樹・石岡憲雄・高橋一夫・梅沢太久夫埼玉における古代窯業の発達(2)
 浅野晴樹埼玉県内出土の平安末期の施釉陶器
 石岡憲雄北武蔵の玉作遺跡
 矢作尚也・栃原嗣雄伝統の手仕事その2-小川のすいのうつくり-
 矢作尚也・栃原嗣雄丘陵・山地の麦作り-麦作り・農具・儀礼習俗-
 金井塚良一入間地方の前方後円墳-北武蔵の前方後円墳の研究(2)
 諸岡 勝板石塔婆を伴う中世墓址-埼玉県内の例を中心に-
 小野義信比企地方の中世館城跡 -占地状態と平面形態について-
第3号(1981年3月) 
 浅野晴樹・石岡憲雄・梅沢太久夫埼玉における古代窯業の発達(3)
 梅沢太久夫慈光寺出土瓦について
 浅野晴樹埼玉県出土の中世陶器(1)-蔵骨器を中心に-
 岩本克昌出土鉄製品の保存修復処置について
 矢作尚也・栃原嗣雄比企丘陵域の溜池灌漑-嵐山町越畑地区の事例を中心に-
第4号(1982年3月) 
 浅野晴樹・金子眞土・石岡憲雄・梅沢太久夫埼玉における古代窯業の発達(4)
 石岡憲雄「吉ケ谷式」と「岩鼻式」土器について
 金子眞土北武蔵の須恵器 -7・8世紀の様相について-
 矢作尚也・栃原嗣雄秩父の通過儀礼 映像記録
 岩本克昌新設燻蒸庫について
 小野義信比企地方の中世城郭 その2 -山城の小口形態について-
 林 宏一桂木寺の木彫群について
第5号(1983年3月) 
 金子眞土・石岡憲雄埼玉における古代窯業の発達(5)
 栗原文藏・石岡憲雄四十坂遺跡の初期弥生式土器再論
 浅野晴樹埼玉県出土の中世陶器(2)
 大舘勝治薪炭林の山仕事
 柳 正博秩父地方における山仕事の儀礼と禁忌
第6号(1984年3月) 
 谷井 彪小川町草加出土の土器をめぐって-勝坂式後半の諸要素とその展開-
 金子眞土埼玉における古代窯業の発達(6)
 栗原文藏埼玉出土の中世備蓄古銭について
 浅野晴樹埼玉県出土の中世陶器(3)
 小野義信比企地方の中世城郭 その3 -国指定史跡菅谷館跡の構造について-
 大舘勝治・柳 正博埼玉の麦作儀礼
 林 宏一-武蔵鋳物師拾遺-応永二年三嶋社鰐口と塚田鋳物師
第7号(1985年3月) 
 今井 宏埼玉における古代窯業の発達(7)
 谷井 彪・今井 宏 赤沼地区第14支群の発掘
 栗原文藏武蔵・畠山出土の備蓄古銭
 柳 正博比企丘陵の炭焼き
 岩本克昌当館の密閉燻蒸について
 村上義彦慈光寺経の成立(1)
 永井 晋鎌倉初期の武蔵国衙と秩父氏族
第8号(1986年3月) 
 谷井 彪加曾利E式土器にみられる大木式土器の要素
 今井 宏埼玉における古代窯業の発達(8)
 酒井清治北武蔵における7・8世紀の須恵器の系譜-立野遺跡の再検討を通して-
 村上義彦・中島 宏・酒井清治中世石造遺物調査(1)-吹上町千手院・朝霞市本仙寺所蔵の宝篋印塔について-
 栗原文藏児玉・秋山出土の備蓄古銭
 大舘勝治いわゆるクルリボウについて
 柳 正博鎌形の大山講
 岩本克昌塚本山古墳群出土鉄製品の保存処置
第9号(1987年3月) 
 村上義彦歴史展示の実際と展望 -文献展示の一手法-
 岩本克昌資料保存環境(1)-収蔵庫内の温湿度について-
 中島 宏埼玉県の押型文土器
 谷井 彪塚原遺跡出土の曾利式土器について -中部高地における文様の系譜-
 酒井清治武蔵国における須恵器年代の再検討
 村上義彦・中島 宏・酒井清治中世石造遺物調査(2)-白岡町・岩槻市・吉川町所在の石造遺物-
 栗原文藏川里・舟塚出土の備蓄古銭
 大舘勝治民具変遷の意義-埼玉西北部の事例研究-
 柳 正博埼玉西北部のエンガ(踏鋤)をめぐって
第10号(1988年3月) 
 谷井 彪舟山遺跡出土土器について-口縁部無文土器の類型と系譜-
 酒井清治高麗郡の郡寺と氏寺-前内出窯跡出土瓦との関連から-
 栗原文藏埼玉県出土の中世備蓄古銭について(補遺)
 栗山欣也・中島 宏・酒井清治中世石造遺物調査(3)-寄居町正竜寺・岩槻市芳林寺の宝篋印塔-
 今井 宏埼玉の図像板石塔婆について
 朱通祥男比企地方の炭焼き-嵐山町遠山の白炭窯の製作工程について-
 岸 清俊埼玉における木炭生産と炭窯の変遷
 岩本克昌資料保存環境(2)-展示室を中心として-
 
第11号(1989年3月) 
 酒井清治古墳時代の須恵器生産の開始と展開-埼玉を中心として-
 梅沢太久夫比企西部の3城について-特に小口に見られる共通性-
 今井 宏江南町増田館の試掘調査
 栗原文藏東松山出土の備蓄古銭
 岩本克昌資料保存-鉄を用いた民俗資料を中心として-
 二階堂 実比企地方の除草用具-その種類と変遷-
 朱通祥男寄居町三品の白炭技術-古老が語る昭和初期の炭焼きの一日-
 栗原文藏鳩山町今宿出土の板碑
第12号(1990年3月) 
 酒井清治剣菱文軒丸瓦から見た武蔵国京所廃寺の性格-国府付属寺院の可能性について-
 梅沢太久夫都幾川村「医光寺跡」の調査
 栗山欣也・針谷浩一・渡 政和中世石造遺物調査(4)-深谷上杉氏関連の宝篋印塔-
 栗原文藏坂戸・中里出土の備蓄古銭
 針谷浩一「埼玉の算額」拾遺(その1)
 二階堂 実テンノウサマの獅子頭-比企郡玉川村の事例を中心にして-
 栗山欣也重忠コーナーの展示資料-特に源頼朝袖判平盛時奉書について-
 渡 政和鎌倉時代の畠山氏について(上)-源姓畠山氏の成立時期を中心に-
第13号(1991年3月) 
 宮 昌之東松山市大谷瓦窯跡出土瓦について
 梅沢太久夫崇徳寺跡の調査
 今泉泰之・針谷浩一・渡 政和中世石造遺物調査(5)-菖蒲町長龍寺出土の板石塔婆について-
 栗原文藏秩父・大滝出土の備蓄古銭
 二階堂 実流鏑馬のきたみち-県内流鏑馬の分布と伝承-
 飯塚 好正月儀礼の多様性-照葉樹林文化の周縁-
 渡 政和鎌倉時代の畠山氏について(下)-「吾妻鏡」の記事を中心に-
第14号(1992年3月) 
 谷井 彪富士見市鶴瀬出土の勝坂式系土器について-円筒系土器にみられる縦位区画文の検討-
 宮 昌之埼玉県における古代瓦の諸問題(1)
 小野義信城館跡等にみられる土塁の覚書-菅谷館跡の土塁を中心にして-
 今泉泰之・小野義信・渡 政和中世石造遺物調査(6)-桶川市泉福寺出土の板石塔婆について-
 飯塚 好正月儀礼-東秩父村と吉田町の事例報告-
 栗山欣也文治五年奥州合戦における畠山重忠-特にその関係史跡について-
第15号(1993年3月) 
 谷井 彪埼玉における縄文中期後半の地域性の一様相-嵐山町行司免遺跡の加曽利E式後半の土器を通じて-
 宮 昌之埼玉県指定文化財 多武峯瓦塔遺跡出土の瓦塔
 今泉泰之・小野義信・渡 政和板石塔婆補足調査 -東松山市定宗寺周辺出土の板石塔婆について-
 飯塚 好新しい年を迎える-オミタマサマを中心に-
 渡 政和絵画資料に見る中世の銭(上)-緡銭の表現を中心に-
第16号(1994年3月) 
 栗原文藏川島・上伊草出土の備蓄古銭
 宮 昌之深谷市正傳院所在の宝篋印塔内納入品
 小野義信東松山市石橋山田家の板石塔婆について
 駒宮史朗・大久保かおり高屋敷沼の在銘樋管-付鳥居沼の樋管-
 飯塚 好「粢(シトギ)」の諸相-埼玉県内の事例を中心に-
 村上義彦歴史展示の実際と展望(8)
 吉田 稔埼玉県における中世鰐口-特にその移動を中心に-
 渡 政和絵画資料に見る中世の銭(下)-緡銭の表現を中心に-
第17号(1995年3月) 
 栗原文藏壺の石蓋
 駒宮史朗彩色のある中世五輪塔
 駒宮史朗・大久保かおり深谷市高島の中世石造遺物群
 小野義信城館跡等にみられる堀の覚書-菅谷館跡の堀を中心として-
 石川博行埼玉の獅子舞「蛇掛かり」について
 村上義彦歴史展示の実際と展望(9)
 吉田 稔嵐山町平沢の旧修験持正院と平沢寺
 島野隆司武州小用鋳物師小考
第18号(1996年3月) 
 栗原文藏一緡の実左右
 栗岡眞理子神川町伝元大師跡の出土遺物について
 大久保かおり宝篋印塔にみえる短冊状意匠の類型と分布
 小野義信川越・的場の女堀の意義
 石川博行平沢の年中行事
 大友 務「吾妻鑑」にみる歳事儀礼(上)-源家三代期を中心に-
 吉田 稔史料から見た埼玉の流鏑馬
 島野隆司小用鋳物師遺品集成(1)
第19号(1997年3月) 
 市川 修都幾川村西平の石室と石塔について
 栗岡眞理子毛呂山町妙玄寺所在の中世石造遺物について
 沼野 勉・山本修康比企地域における近世酒造業の展開について
 石川博行日記にみるくらしの変容(平沢)
 大友 務「吾妻鑑」にみる歳事儀礼(下)-源家三代期を中心に-
 島野隆司小用鋳物師遺品集成(2)-火の見の半鐘-
第20号(1998年3月) 
 大舘勝治麦作りの地域性-田麦の栽培技術伝承-
 栗岡眞理子同じ年月日を刻む複数基の板碑について
 石川博行村落社会の生活と交際
 沼野 勉・内田正喜「武蔵国郡村誌」にみえる比企の物産
 大友 務鎌倉幕府儀礼草創期と藤判官代邦通
 加藤光男広重・豊国画 観音霊験記について
 
第21号(1999年3月) 
 大舘勝治民俗からの発想(1)-雑木林-
 石川博行山村生活の変容-嫁いで来て、炭焼き一筋だった-
 山本修康中世石造遺物編年にみられる月日について-紀年銘資料の数量分析にみる一試論-
 栗岡眞理子比企地域の中世石造物について
 内田正喜史跡や文化遺産からみた鎌倉街道上道-鎌倉期の石造物・中世寺院跡・城館跡・古戦場の数量的分布を通して-
 加藤 功 武蔵武士広沢氏の動向
 諸岡 勝 東松山市正法寺出土の板碑
 加藤光男 歴史をあるく「新編武蔵風土記稿」の世界(一)比企郡嵐山町
第22号(2000年3月) 
 内田正喜博学連携体験学習の理論と実践ー歴史資料館における体験学習プログラムの実践を通してー
 加藤 功翻刻 山中本『武蔵七党系図』上
 加藤光男 浮世絵を読み直すー江戸っ子のマスメディアー
 歴史資料館埼玉県立歴史資料館『研究紀要』総目録(1~21号)
第23号(2001年3月)
水口由紀子東松山市宿ケ谷戸遺跡の再検討
栗岡眞理子埼玉県の中世五輪塔編年案
市川 修六地蔵所刻の四面幢について
梅沢太久夫「吉田の楯」について
山田 実嵐山町古里の獅子舞
山本修康比企地方の祭り
加藤 功翻刻 山中本『武蔵七党系図』(下)
森内優子埼玉県立博物館本「蒙古襲来絵詞」について(二)
諸岡 勝同型板碑の一事例
第24号(2002年3月)
中島 宏室谷下層式土器についての一考察(Ⅱ)
水口由紀子発掘された埼玉県内の炭焼窯 ~古代の事例を中心にして~
栗岡眞理子埼玉県の中世宝篋印塔の変遷について
梅沢太久夫後北条氏ゆかりの城をめぐって
第25号(2003年3月)
中島 宏縄文時代草創期の区分に関する諸問題
水村孝行縄文時代礫器小考
末木啓介須恵器に刻まれた記号と文字―南比企窯跡群出土例を中心に―
水口由紀子・栗岡眞理子菅谷館跡出土遺物の再検討
梅沢太久夫熊倉城と塩沢城に関する覚書
柳 正博小豆粥とアボ・ヘボに見る埼玉の小正月
第26号(2004年3月)
中島 宏樋沢式押型文土器の型式学的検討
末木啓介北武蔵の羽釜
栗岡眞理子中世後期の土壙墓群について
水口由紀子埼玉県相野谷遺跡と比企型剣頭文軒平瓦
杉山正司展示資料論
柳 正博埼玉県西北部に見る火伏せ信仰の習俗
第27号(2005年12月)
杉山正司・栗岡眞理子企画展示と事業展開 ~企画展「埼玉の戦国時代 城」とシンポジウム「埼玉の戦国時代 検証 比企の城」~
展示・史跡整備担当シンポジウム「検証 比企の城」討論
君島勝秀縄文時代早期末・前期初頭の土器群についての考察
-下吉井式併行期を中心にして-
石坂俊郎五領遺跡出土土器の今昔
-埼玉県立歴史資料館所蔵資料の紹介を兼ねて-
利根川章彦関東地方の古代・中世石材流通に関する一視点
柳 正博埼玉の七夕習俗 ー七夕飾りと農耕儀礼をめぐって